にょ!

大相撲、カメラ、音楽、旅、暮らしなど。奇数月は 相撲ネタ多め。

    それぞれの3月11日。

    震災関連の番組とか、増えますね。

    私は、正直 被災したところへ思いを馳せることが難しいです。行ったことがないし、知り合いもほとんどいません。なので、自分のことのようにとらえることもできないし(本当は自分のことのようにとらえる必要はないのでしょうが)、原発のこととか語ったりできないです。実際、電気使ってるし。

     

    私が思うに・・、それぞれの3月11日を思い出すのはどうですか?

    皆さんはあのときどうしていましたか?

    ・私の3月11日

     

    私は、ダンスの練習のために、スタジオをもう一人の女性と一緒に夜間予約していたので、仕事の後地下鉄で早めに場所を移動し、スタジオ近くの喫茶店で腹ごしらえをしていました。ダンス仲間の女性にメールで何度か連絡を入れましたが、いつまでも返事がありませんでした(震災後、携帯電話の回線がどの会社もパンク状態だったので当たり前。まだ震災のことも知らず、気づいていなかったです)。

    二人で練習しなければならない部分を合わせて強化するためのスタジオ入りで、彼女が来ないことには練習できません。普段しっかりとした彼女なので、連絡が取れないことが不思議でした。携帯を忘れたのかしら?とさえ思いました。食事を終えて、しばらくしても連絡も取れないまま、待ち合わせの時間を過ぎたので、あと少し待っても連絡がないならキャンセルして帰るかなー と思いました。

    そこで、喫茶店にいた親子が携帯のワンセグ津波映像を見ており、どうやら地震で東北が大変なことになっているということを知りました。ダンス仲間の彼女は、航空会社で働いています。きっとこの時間帯、会社もパニック状態だったと思います。

    私の携帯ではワンセグが見れなかったので、急いで帰りながら、自分の携帯のウェブで情報を探しました。文字で、ただごとではないということが分かりました。

    帰宅してテレビで見た映像で、さらにその「ただごとではない」ことをまのあたりにしました。どうしていいかわかりませんでした。

     

    九州新幹線開通

     

    当初、この翌日には、博多駅九州新幹線の開通セレモニーが行われる予定でした。

    そこで私は職場の数名や友人と一緒に、3/12のセレモニーを見に行くつもりにしていました。実は11日からブルーインパルスが来ていて、開通を記念して博多の上空を連隊で飛行することになっていたのです。11日は予行練習で博多上空を飛んでいました。12日はそれをしっかりと見にいくつもりでした。

    私はさっき喫茶店で地震のことなど知らずに 友人達にも「明日どうする?何時にする?」とメールを送っていました。帰宅してテレビで惨状を見ながら、ブルーインパルスとか言ってる場合ではないな、と感じました。現に、東北のブルーインパルスは数機水に浸かっていたと思います。一方で、式典に向けて色々と準備をしている関係者がいたたまれなくなりました。

    九州新幹線のPR映像も、とても良いものだったのですが、震災報道や特番が続き、CMがACのCMのみになっていったので、テレビで見ることはできませんでした。

    震災後、しばらくして話題にあがりましたね。

     


    祝!九州 九州新幹線全線開CM180秒

    なので、九州新幹線のスタートはひっそりとしたものだったと思います。春に開通してさあこれから!というときに、世の中が「自粛」の雰囲気でした。

    しばらく震災の最新情報を追っていましたが、連日テレビで流れる映像に、滅入るようになりました。つらすぎました。

     

    ・私たちにできることって?

    ほどなくして同期から連絡が入り、「現地の人に送ることができるもので、何かないか?考えて皆で少しずつ集めよう、賛同できる方はアイデア下さい」と声が上がったので、皆で女性用のパンティーライナーと生理用品を集めました。避難先であったら嬉しいものか分からないけど、役に立てばと思いました。実際、役に立ったかどうかは分かりません。

    それから、「いま東北の人は大変なんだから」と、自粛するのにも違和感を感じました。なので、私たちが活発に動いて、活気を取り戻す必要があると思いました。それで、徐々に日常に戻すことも必要なんじゃないかなって思いました。

     

    ・これから

     

    東北から遠く離れていても、やっぱり3月11日っていう数字は残ります。心や、頭や、目に焼きついて離れません。それまで私にとっては「祖母の誕生日」だったのに。

    「震災を忘れない」って言いますが、でも、悲しいけれど人間は忘れる生き物です。

    この先ずっとずっと鮮明に覚えていることはできない。

    あのとき・・・自分が求める以上に震災報道が増えていたので「これ以上は無理だ」と自分に蓋をしてしまったような気がします。だから、今はその蓋をあけて、それぞれの3月11日を思い出してみるのはどうかなぁと思いました。

     

    皆さんは どう過ごして、どう感じていましたか。

    自分の心に振り返って、聞いてみませんか。