にょ!

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    あらためて大刀洗平和記念館を訪れました【福岡県朝倉郡筑前町】

    こんにちは、ともにょです。なんだかちょっと涼しいですよね?今日なんてイワシ雲が浮かんでました。ずっと入道雲だったのに。今日は大刀洗平和記念館に行ったことを書きます。

    先日、家族の希望で筑前町立大刀洗平和記念館に行きました。高速道路の鳥栖ジャンクションから大分道に入ってすぐの筑後小郡という出口を出て、しばらく走ると記念館に到着です。以前、太刀洗駅に併設されていたときは甘木鉄道で行ったことがあったんですが、施設が新しくなってからは初めてです。新しい平和記念館、明るくて展示も見やすくキレイでバリアフリーで良いと思いました。入場料は大人500円でした。もちろん今も太刀洗駅からすぐです。歩いて行けます。

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    以前の展示も良かったと思います。当時はまだ建物も古くて、展示物も所狭しと並んでいました。そこには赤紙などもありました。そのときに展示されていたのは九七式と呼ばれるものでした。規模は小さかったけど内容は盛りだくさんといった感じでした。

     

    さてここには、九七式に加えて実物の零戦が展示されています。この零戦のみ撮影可でした。以前 大津島の回天を見学したことがありますが、零戦は初めてです。塗装し直されています。

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    座るところ(コックピット)は本当に大人一人しか乗れない広さです。

     

    九州の方や第二次世界大戦、戦闘機などに詳しい方はご存知だと思いますが、大刀洗でも大きな空襲がありました。ここには大規模な陸軍の飛行場があったからです。この記念館の天井にはB-29の大きさがわかるように大きな鉄の金網のようなものがつるされていました。確かに、見上げると大きかったです。

    館内で映画上映があってそれを見ました。導入はNHKブラタモリみたいに古地図から入り、昔の白黒写真の資料をCGで色付けて動かして立体的にして音を入れて、臨場感溢れるようにしてあります。「あのとき死んでいった若者たちは、清く美しい青春を生きて死んだんだよ。あの若者達が命をかけて守ったから いまの日本があるんだよ。だから感謝の気持ちを忘れずにいまの平和を守っていこうね」というような主旨でした。B-29はいまの鳥栖ジャンクションあたりに墜落したようです。体当たりしたのはB29より小さな、屠龍。装甲の厚さも比になりません。操縦していた方は墜落したあと、運ばれた病院先で亡くなったそうです。そりゃそうだよね… 。


    クラスター爆弾の弾も展示してありました。小さな1本はだいたいヘアドライヤーの3倍くらいの太さ、2倍くらいの長さ。それがなん十本も入った大きな爆弾が 千発以上大刀洗飛行場に投下されたそう。そりゃ大刀洗一帯が壊滅するはずです。たくさんの子供が死にました。学校で先生に教わったとおりに、大きな木の下で耳をふさいで伏せていた児童が みんな死んだそうです。下校中で防空壕に逃げれんかったらしいです。木の下で死んだ33人は、こどもばっかり。

    平和を願う祈りの部屋には、特攻隊員の顔写真がびっしり掲げてありました。そこには大刀洗に落ちたアメリカ兵についても展示してありました。酷い規模の爆撃を受けても敵兵の弔いや展示をちゃんとするんだなと思いましたね。若くして戦死した、という意味ではアメリカ兵も同じということでしょう。

    国の誇りと命をかけて戦った若者が願ったものはなんだったろう。海に散った命は、故郷に帰りたい人がほとんどだったろう。平和ってなんだろう?家族が戦争で離れ離れにならないこと?親からもらった大切な命を安易に奪われないこと?安心して学校や仕事に行けること?国に守られて生きていること?色々と考えさせられました。

    見学者は男性一人で来ているひと、女性一人で来ているひと、平日だけどまだ夏休みということもあって家族連れも多かったです。デイケアからの団体の方たちが車椅子で来てありました。1時間半ほど滞在しましたが、外に出るとあまりの暑さにびっくりしました。横のスーパーマーケットで飲み物やアイスを買い、大刀洗をあとにしました。

     

    大刀洗平和記念館 公式サイトはこちら→ http://tachiarai-heiwa.jp/