にょ!

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    当時31歳の私が経験した、母の癌。食事編

    おはようございます。ともにょです。

    今日は母の病気の病理検査後について書きますね。

    ↓前回までのあらすじは こちら。

    病理検査から分かったこと

    当初、卵巣の癌だということで入院&手術をした母でしたが、病理検査の前にこんなお話がありました。

    病理検査(びょうりけんさ、pathological examination)とは、病気(疾患)の診断や原因(病因)の究明を目的として、手術または検査の目的で採取された臓器、組織、細胞などを対象に顕微鏡等を用いて詳しい診断を行うことである。同義語に病理診断、組織診断、病理組織学的診断などがある。臨床検査のひとつ。(Wikipediaより)

    医師 「卵巣と腹膜は取り出しました。がん細胞は、体内で細胞を分裂します。卵巣だけの問題であれば、卵巣を取った今、抗がん剤治療を進めていくということになります。しかし、腹膜に、がん細胞が転移しています。通常、卵巣から腹膜へ直接転移はしません。つまり、別のどこかの臓器から、がん細胞が飛んで体内を巡り、卵巣や腹膜についたものと思われます。それは病理検査やさらに詳しい検査をしてみないことには、はっきりとは言えません。」

    なんだ、これで終わりだと思っていたけど、他になにか悪い可能性が出てきたぞ?という感じです。時間がかかりそうな予感がしました。ひとまず術後の回復を待ってから、一人で歩けるようになってから、追ってさまざまな検査をうけてほしいという話がありました。7月に入院して、すぐ帰れるような話ではなくなっていきました。

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    その後、CT、血液検査、MRIや超音波検査はもちろん、体内のがん細胞についての検査(腫瘍マーカー)などをやります。手術で体力を失い、やせ細った足で検査検査の毎日。そして、母は胃カメラを飲むことになりました。ここが、癌の親分(原発)でした。原発とは、最初に癌が発生した臓器のことを言います。ラスボスですね!ラスボスが子分を散らせて他の臓器に流し、そこで悪さをするのです。なんという忌々しい仕組みでしょう。先生がおっしゃっていたグレーだったことが、病理検査で黒に変わり、そのおおもとの場所まで特定されました。最初は卵巣ゴニョゴニョと書かれていた診察の表が、胃がんという表記に変わります。

    入院のサイクル

    この病理検査の結果から、胃の摘出手術を提案されました。しかも開腹して胃を取り出してみないことには、胃を2/3ほど切って摘出するか、全摘するかが決められない。さらに合併症としては癒着も可能性としてあると医師は言います。一方で、緩和ケアも視野に入れるよう提案されました。

    少し悩んだようでしたが、母は自分の意志で、開腹手術を拒否しました。卵巣の摘出のあとの体力消耗で、もう開腹することはできない、緩和ケアを選びたいと言いました。先生は開腹手術も選択肢の一つとして残しておくよう言いましたが、説得できませんでした。私も、父も、それを強く開腹手術するよう言えませんでした。か細くなって痩せた母を見て、もうこれ以上本人の意思を曲げることはできないと思いました。体重は減って、誰が見ても「やせこけている」という感じでした。ただ、この時点で答えを出すにはまだ早いので、体力が回復するのを待って、また検討しても良いのでは、という結論になりました。

    術後、そのまま抗がん剤治療に入り、それから自宅へ戻り、また間隔を置いて抗がん剤治療を受けに2週間ほど入院行く、という投薬のサイクルを説明されました。

    食事療法

    母が入院中、がんという病気について書いてある書籍を大きな書店で探し、たくさんの本を買って、色々勉強をしました。

    食生活の見直し免疫療法、、、

    その中から「これは」と思うところに付箋をつけ、通勤途中にでも読んでくれたら良いと思って父親に渡しました。藁をもすがる思いで読み漁り、書籍から得た知識は私の頭の中でどんどん肥大化していきます。

    「今更変えたところで劇的な変化はない」と頭で分かっていながらも、商品の裏の成分表をよくよく見るようになりましたし、人工甘味料や添加物の多いものは手に取らなくなりました。家にある化学調味料も処分しました。母が抗がん剤治療のサイクルを終えて帰宅したときに準備万端でいられるよう、レトルトものや、冷凍食品も処分しました。ある意味、やりすぎと言って良いほど、徹底的に排除しました。

    それから、野菜ジュース、果汁100パーセントのジュース、野菜、きのこ、玄米、発酵食品などを食事に多く取り入れるようになりました。人間が口から入れるものに関して敏感になりました。母は甘いものが大好きでしたし、マーガリンや人工甘味料などもよく摂取していました。

    母の服用していた薬(口から入る薬と点滴で入る薬)には、副作用もありました。また、効力が落ちることのないよう制限されている品目もありましたので、必死に食事管理をしました。朝は野菜スムージー。甘いもの(お菓子)は 家に持ち込まず、外食もほとんどすることがなくなりましたね。胃に負担になるものは避け、家ではマクロビオティックをメインに食事療法に取り入れていきました。

    マクロビオティック (Macrobiotic) は、第二次世界大戦前後に食文化研究家の桜沢如一が考案した食事法ないし食生活法である。名称は「長寿法」を意味する。食生活法は、玄米菜食、穀物菜食、自然食、食養、正食[1]、マクロビ[2]、マクロ、マクロビオティックス、マクロバイオティックマクロバイオティックスとも呼ばれる。(wikipediaより)

    自分や父が食べるものも、それと同じものになって行きました。(つづく)